折々スケッチ 2

花や風景・身の周りのスケッチと雑記ブログです

八幡平7日間の旅(6)盛岡城址公園と可否館

野の花美術館の対岸から中津川と上の橋

6日目も自由行動日なのでどう過ごすか。温泉巡りか盛岡の街か迷いながら盛岡の街へ行きました。せっかく晴れたのですからホテルでゆっくりと言う選択肢はないのです。

何処へ行こうかと地図を見ていたら「深沢紅子 野の花美術館」が目にとまりました。どこで目にしたのかも忘れる昔、素敵な挿絵や装丁の画家が「紅子」さんと記憶に残っていました。ここへ行こうと決めてから紅子さんは「こうこ」と読むと知りました。

深沢紅子さんは1903年岩手県生まれの洋画家です。

ホテルの前から高速バスで盛岡へは50分、そこから市内循環バス「でんでんむし」に乗って美術館へ。中津川沿いの小さな美術館、着いてみると「9月3日まで閉館中」ですって。ホームページも見たはずですが…チェックが甘かった。

仕方が無いので川沿いの遊歩道に降りてバス停まで戻る。

野の花館の前の河川敷は気のせいかどの花も可愛い。

ツユクサ

カラスウリ

カラスウリの実

ヒメフウロ

この川沿いに立つ説明板には「中津川のサケ1万キロの旅」とあり、街中に流れるこの川で生まれたサケが一万キロの旅をしてここへ戻って来るのだそうです。数年かけてベーリング海辺りを回遊して戻るのは1,000尾のうち2尾〜7尾とか。海からここまで200キロあまり、遡上してくるサケ、ただただすごいなぁと思います。

美術館の対岸にある日陰になった歩道でスケッチしたのがトップの絵です。

絵に描いた橋「上の橋 うえのはし」には立派な擬宝珠がありこれも説明板によると盛岡城が築かれた同じ時期に橋も掛けられ現在の擬宝珠のうち18個は慶長14年(1609年)と慶長16年(1611年)の銘が刻まれているとのこと。天皇の勅許を得て京都三条大橋の擬宝珠を模したものだそうです。

ここからまた循環バスで盛岡城跡公園へ。

石垣しか残っていませんが、きっちりと積まれたその石垣が見事でした。

「御末門」もう少し風格がある石垣なのですが・・・

反対側から描き直してみましたが、優し過ぎ・・・

そろそろ帰ろうと石段を下りると赤い橋があり、お城の北側に立派な神社が見えたのでお参りしました。

櫻山神社、由緒の有りそうな神社で参拝される方は並んで順番を待って、鈴を鳴らしてどの方も丁寧にお参りされていました。私も習ってお参りさせていただきました。

お社の裏手には「烏帽子岩」と言ういわれがありそうな場所もありましたが遠くから写真だけ。

皆さんに「盛岡は暑いですよ」と言われましたが、バスを待つ間も名古屋と比べれば風が涼しくしのぎやすかった。

お城の脇から循環バスに乗り材木町南口で下車。目的地は「光原社 可否館」。

光原社とは宮沢賢治が名付けた出版社で宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版したことで知られています。その後出版社は陶磁器などを扱う民芸品店となり敷地内に喫茶店も作られました。

この喫茶店内、カウンターとテーブル席合わせても10客ほどしかなく、入れない人は外で並ぶ。私の後ろに並んだ東京からのご夫妻は「盛岡に来たらここには必ず」と。私は30分待ちました。その間に帰りの高速バスは出てしまいましたが、ここだけは寄ってみたかったのです。ずっと以前にどこかで紹介されていたことが頭の隅に残っていましたから。店内はアンティーク調のステンドグラスの光の中で古いものに囲まれて心地よい。私はカウンター席で1杯ずつ丁寧に入れられる所作とコーヒーの香りに夢心地の時間でした。待ち時間の長さも気にならず器も素敵なアイスコーヒーとクルミクッキーをいただきました。

店内は手元のみ撮影OK。

敷地内には直筆原稿などの資料館もありましたが、時間が無くてパス。

中庭に面して資料館や工房などがある

中庭を抜ければ北上川

可否館から北上川沿いを歩いて盛岡駅へ。高速バスはもう無いので路線バスに乗る。

ホテルまでは92分、盛岡の街を眺めながらのドライブでした。

北上川

川沿いの遊歩道の柵に絡んだノブドウが沢山実をつけていて、秋になってこれが全部色づいたらどんなだろうと、ここが遠い町なのが残念な事でした。

盛岡駅前東口路線バス乗り場

ホテル滞在最後の夕食にも十分間に合って、その後の2回目の星空観察会へ参加しましたが雲が多く月もあってこの夜は残念な会になりました。

6泊7日の旅ならば少しはゆったりした日もと思いながら毎日せかせか歩き回る私らしい旅になりました。

明日は7日目。いよいよ名古屋へと続きます。